『おちょやん』あらすじ(ネタバレ)第86話
昭和20年3月13日、大阪大空襲。
死者は4,000人にものぼった。
公演のために京都に行っていた千代たちは空襲を免れた。
道頓堀に戻ってくると、あたり一面焼け野原。
福冨楽器店は跡形もなく、岡安も酷い状態。
シズが町はずれの遺体安置所にいると聞き千代と一平は向かう。
そこにはシズ、みつえ、宗助と一福が。
菊と福松が亡くなっていた。
菊と福松はみつえと疎開先にいたが、芝居茶屋をしていた頃の「福富」の暖簾を忘れてきたこと気付いた聞くと福松は
2人で福富に暖簾を取に戻っていた。
奇しくもそこで空襲に見舞われてしまった。
「死んだらしまいや」と言ったのは菊だったじゃないかと涙を流すシズ。
シズは、福富の暖簾を守ると、道頓堀に岡安の福富両方の再興を誓った。
千代と一平の家は、道頓堀から少し離れていたため空襲の難を逃れた。
一座の座員とは、京都から戻った後はバラバラになり連楽が取れない状態。
みつえと息子・一福はシズたちと疎開せず千代と一平の家に居候することになった。
皆で食卓を囲んでいると、寛治が突如満州の慰問団に入ると言い出した。
お芝居で戦地に行っている人たちを励ましたいと。
前々から役者仲間に誘われていたが、みつえたちが来てくれたおかげで決心がついたと言う。
しかし千代はなんでわざわざ離れ離れにならねばならないのかと反対。
一平は、寛治を呼び、台本のネタのために溜めておいた新聞の切り抜きを見せた。
新聞や報道では、大陸や南方の戦況が良いように書かれているが、それなら本土にこれだけ敵機が来るのはおかしい。
「この戦争、多分日本は負ける」
そうなったら満州はどうなるか分からない。
「せやさかい行ったらあかん!」
一平は寛治を引き止めた。
既にネタバレしてたのと回想説明で入り込めず
土曜の予告でみつえちゃんが「お義父さんとお義母さんを守れなかった」というセリフを言ってたのでもう分かっちゃってたのと、
このいきさつを回想シーンとみつえの説明で片付けちゃってたので残念ながら入り込めませんでした。
菊さんも福松さんも好きだったんだけど…。
空襲怖い、疎開しないとと言いつつも、まだどこか他人事だったところもあったでしょうねえ。
そして、ちょっとしたことが生死分けた。
その不条理を描いているんでしょうけど。
見ている人たちも多くは純粋に悲しんでいるんでしょうけど…。
何でしょうねえ。
言葉でつなぎ過ぎと言うか…残念。
菊さん素敵だったから、もうあの啖呵を聞けなくなるの寂しいんですけどね。
シズさんの「なんだすねこのざまは!アホ!」って言ってポロポロ落ちる涙も迫力あって刺さったのですが。
みつえちゃんも迫真の演技だと思うんだけど…。
役者さんたちは素晴らしい演技を見せてくれていますが、残念ながらそれが繋がらないもどかしさが…。
菊さんが暖簾を取に帰るのにも違和感
「死んだらしまいや!」
「何が何でも生きるんや!」
と言ってた菊さんが死んでしまう。
シズさんに、疎開を説得した菊さんの方が空襲に遭ってしまう。
そういった理不尽、不条理を描きたかった気持ちは分かるんだけど、
菊さんなら、暖簾を忘れるはずない!と思ってしまいましたs。
そこでも思考停止。
だって芝居茶屋「福富」にプライドを持ってたんですよね?
菊さんも、楽器屋になっても「福富」を続けていくことに命を掛けていた。
できればシズさんのように芝居茶屋の再興も悲願だったと思うし。
自分の命と同じくらい大切な「福富」の暖簾。
菊さんだったら「福冨」の暖簾は自分自身が抱えて疎開しないか?と。
菊さんの死によって芝居茶屋の終焉、空襲の悲惨さを描きたかったんだろうけど、
暖簾を忘れて取りに戻って…っていうの、ちょっと安易かなあと思ってしまい、
菊さんの死の意味深さよりも、こじつけに見えてしまって集中できず。
千代にも違和感
残念ながら、先週で千代に共感できなくなってしまった…。
先週の何があっても、一人でも一座を続ける!と言い張ってた千代は、
40歳近いらしいのに(年齢不詳になってしまってますよね)、年相応に周りの人たちの事情を考えることもできない、直情的な人ねとげんなりしてしまった。
そして、これ以上家庭劇を続けるのはムリだと言った一平を憎らしそうに睨んでたのにも、最愛の旦那様の考えも聞こうとしないのダメよと…哀しくなってしまったし。
最後に、堪忍って言ったりしてたけど、あの睨みはちょっと…。
あの睨みのせいで、「堪忍」って言ったのも、一平折れて言いなりになったから口だけ謝る気になったとしか思えなかったし。
京都の本番前で何を言っても「ええで」って言ってと一平に伝えて自分の迷いを吐露したのも、自分を肯定しろを一平に強要しているようにも見えたよ。
だから、自分の事しか考えてない千代に、私にはすっかり見えてしまって…。
戦争描写が、空襲→菊さん、福松さんの死と事件ベースだけで、社会全体がどんよりとしたものがある感じが見えないせいもあって、
だから、千代がみつえちゃんに静かに寄り添うのも、
みつえが来てくれて、一緒に食卓囲めて「岡安」時代が戻ったみたいと言うのも、
人生どうなるか、本当に分からないとみつえと言い合うのも…
どこか他人事な感じが…自分はそうじゃなくてよかったって思っているように見えて違和感。
それで沈んだ空気を明るくしようと芝居を三人で続けよう!と言うのも。
「よっしゃ!一平、台本書き!」
って言う言い方も、コレは関西人でない私が感じる違和感かもしれないけど、一平に対する言い方失礼だなと。
リアル千代ちゃんは離婚してしまうそうですが、ドラマもそうなる?
そしたら千代のこの押しつけがましいところは、その伏線?
でもそうだとしたら、千代のあの性格じゃあ当然離婚でしょっとまで、こっちに思わせるってどうよ。
ちなみに、最近は一平の方が好感持てるのよね。
一平の方が、一見ちゃらんぽらんでクネクネしてるけど、年相応に思慮深さが備わってきている感じがするし。
なんだかんだ言って家庭劇をここまで守ってきたわけだし、
この戦時下でも家庭劇の皆の命を第一に考えてるし…。
鶴亀家庭劇は家族では?
鶴亀家庭劇は京都から戻ってからはそれぞれバラバラで連絡つかずとありましたが、コレも不思議で。
鶴亀家庭劇は家族でなかったかい?
今日のここはなぜか一平も劇団のことどうでもいいみたいで「???」となった。
先週金曜に大阪で空襲と聞いた時点でこっちは徳利さんの家族が大丈夫かとハラハラしてるんだけど。
一平は京都行きで徳利さんを家族から引き離してしまったことを後悔したり、その分一緒になって探したりしない?
座員それぞれの行方も確認しないか?
「しぶとい連中やしな、きっとだんない」
この一言でとりあえず片付けちゃったのは、ちょっと雑かなあ。
このセリフのおかげで千代は、一平と寛治、自分の家族が無事だからOKと思っているように聞こえてしまった。
千代、怖いよ。冷酷過ぎるよと…。
さらに「しぶとい」って言葉が、ここでこういう言葉は冗談では済まされないかなあと。
関西人の人の言葉の感覚と違うのかもしれませんが…。
ちょっとした演出の違いの姓だと思うんだけど、残念。
さらに満州が唐突。盛り込み過ぎでは?
さらに、寛治がこの期に及んで満州に行きたいと言い出ししたが、
ここで満州の案件出すって唐突では?
寛治が満州に興味を抱いているっぽいシーン全く無かったし。
で、この件についても、千代が力強く反対するのも、自分の家族とだけは離れたくないんだなあとも…。
だって、千代が一平に呆れられても「お芝居やろう!」って言うの、戦時下の不安の中でも笑いは大切、人を喜ばせたいって思ってるからやるんでしょ?
なら、寛治が言う、戦地の兵隊さんを励ましたいっていう思いは千代の思いと同じ。
「離れ離れになる必要ない!」
っていう千代の言い方は、エゴに見えてしまった。
もちろん、千代が心配なのは分かるけど…。
千代が、寛治のいう事を受けて、皮肉にも自分のポリシーを素直に受け継いでくれた結果、寛治が満州行を希望してしまったことに苦しむ姿を見たい。
それがドラマなのでは?と思う。
一平は、寛治に新聞記事を見て、日本は負ける、危ないから満州行くな!と言いますが…。
あの当時の庶民は「負ける」って言えたかなあ?予測できたかなあ?
庶民一平レベルならまだ信じてたんじゃない?
澪つくしのセレブ「久兵衛」さんも、勝つって信じてたよ、負けるって認められなくて必死の形相だったよと…。
しかも一平、千代には言わずに寛治にだけ内緒話か…。
やっぱり一平の気持ちは千代から離れてる…?
独自の戦争表現をしたいだろうことは分かるのですが、
セリフやら、なにやら、噛み合わなきなって来ていて、いろいろ残念に思います。